Ananda Oli
アーナンダ オリ 〜歓喜の音〜

2017年 09月18日 月曜日

淑子さんにも羽根が生える


2014年の発表会を最後にバラタナティムを引退した、元生徒の小林淑子さん。足掛け10年、淑子さん宅での個人レッスンをとっていたため、お別れは寂しかったです。
しかし、昨年、ご夫妻で社交ダンスデビューいたしました!
ご夫妻の出会いは.◯十年前、社交ダンスのサークルだったとか‥
淑子さんはヨーガの講師であり、バラタナティムに夢中なため、デュエットをしてもらえず、ご主人の徹さんは、長年に渡りひとりで社交ダンスを続けてきました。淑子とのデュエットを夢見て‥
バラタナティムの引退を機に、お二人で社交ダンスの練習に励み、昨年のデビューパーティーにお招き頂きました。

2016



そして、先月、2回目のパーティーにもお招き頂き、行って参りました。
2017

淑子さん、それはナタラージャポーズですよ!



合間の練習風景。淑子さんのドレスのスカートは取り外されミニスカートに。2曲目のルンバをスタンバイ。

そして、淑子はジャーンプ!

お見事!!

でも、お相手はご主人ではなく、村上先生です。
リフトをするのは、まだ無理なようです もっともっと修行が必要なようです。私達の公演の際、用務員として汗を掻き掻き動きまわって下さったように、頑張らなくてはならないようです(^◇^;)

パーティーでは海外から世界ランク上位のペアダンサーが招かれ、凄いパフォーマンスを魅せて下さいました。

2016

2017



世界には色々な舞踊がありますね。
それぞれに魅力があります。
舞踊の種類は違っても、元気に踊り続けてくれていて良かったです。
益々のご活躍をお祈りしております。

淑子さんからメールを頂きました。

『本当に先生との出会いは素晴らしい踊りから始まり,夢のような時間でした。バラタナティアム万歳、先生との出会いに感謝です。』

 


2017年 09月18日 月曜日

美和さんに羽根が生える


長年に渡り、ヌリッティヤ ラクシャナ ジャパンに所属し、一緒に色々な活動を共にした美和さん(旧姓 岸)は、 今年2月に結婚し、羽倉 美和さんとなりました。現在はご主人の都合でパリで生活しています。


淳一さん&美和さん

パリでの生活を楽しんでいるようです。先日は、ワインの蔵を巡りながらのフルマラソンに挑戦し、お二人とも完走されたとか‥
今、私は一杯飲みながら書いていますが、走れと言われたら‥吐きそうですσ^_^;
文化の違いですね^_^。
美和さん、どこに居ても、今までと同じように、輝きながら、大きく羽ばたき続けて下さい。私も変わらず、パタパタと小さな羽根を駆使し、落ちないように、どうすれば、もっと遠くに、楽に飛べるか考えながら、疲れたら止まり木に捕まり、景色など眺めながら‥また飛んで行きます。

最後のレッスン







思い返すと、短かったような‥長かったような‥ 色々なところで踊りましたね。東京ではもちろん、インド、福島、伊豆、千葉、きっと他にも‥

4月16日 結婚披露宴二次会で演舞させて頂きました。
Tillana 歓喜の舞



美和さんからのメッセージです
『15年前、初めて彩子先生の舞台を見た時に受けた強い衝撃。 それからしばらくして、彩子先生のもとでバラタナティヤムを習い始めることが出来ました。 この4月の結婚を機に日本を離れ、様々なことを振り返る機会が多くなりました。 そんな中、12年前に彩子先生のインド修行に2ヶ月間ついて行った時のことを思い出しました。 カパレーシュワラ寺院やその他の幾つかの会場で見た、マスターと彩子先生のデュエット公演。 お二人の舞台が楽しくて楽しくて、我を忘れて興奮して見入ったこと。 私が滞在した2ヶ月の間に彩子先生は1週間に一回のペースでマルガムの舞台をこなされ、そのエネルギーに圧倒されたこと。 その時に見たヴァルナム・スマサーヤカに客席で涙したこと。 スマサーヤカはいつか自分も踊ることができたらと密かに夢見ていたので(笑)、 インドで見てから10年後に自分の公演で踊れたときは、夢の中の出来事のようでした。 初めは見ることの方が楽しかったのに、いつの間にか踊ることが楽しくなって。 この十数年、私の日常で大きな部分を占めていたバラタナティヤム。 今は環境的に費やせる時間が少なってしまいましたが、細々でも続けていけたら幸いです。』
淳一さん、美和さん、永遠に幸あれ!!

2017年 05月20日 土曜日

ルクミニ ナオコ さん

20年前の自分が、どんなだったか‥ 覚えていますか? 光陰矢の如し‥瞬きの如く過ぎたような、楽しい事、苦しい事、色々あったような‥。
ルクミニ ナオコさんは、兵庫県在住のバラタナティヤムダンサーです。 2月26日、浦和延命寺で行われたジヴァラートリーにて初共演しました。



20年前、私の踊りを観てヨーガから インド舞踊の道に転向されたそうです。 今回の私との初共演をとても喜んで下さいました。





20年。多かれ少なかれ影響を与えた人が歩んできた20年。計り知れないですが、今ここに素晴らしい成果をあげている事を祝福いたします。
また共演いたしましょう!




投稿をみたルクミニ ナオコさんからお返事頂いたので、ご紹介します。
前向きだな‥。ルクミニさんが前向きなのは踊っている時の目や表情から受け取れます。





2017年 01月15日 日曜日

2017年

皆さま本年もよろしくお願いいたします。
1月4日美しい富士山を拝む事ができ、幸先がよいです。
昨年1月4日には、人生初のバンジージャンプに挑戦し、恐怖心を作り出しているのは自分自身、ならば、自ら恐怖心を作るのはやめて、前進するのみ!と、怖いもの無しの気持ちになりました。
今年は、雄大な大自然を目の前に、言葉も無く、ただ畏敬の念に心が震えていました。本当に感動した時、言葉にできないものですよね。
何が人の心を感動させるのか‥、踊りで人を感動させたい‥などと考えますが、とんでもない、この大自然に太刀打ちできません??
バンジージャンプで有頂天になったり、大自然の前で慎んだり‥‥ハァ〜 今年もただただ踊り続けるのみです。 富士山がただただそびえ立っているように‥。

皆様にも幸あれ! 2017年1月

2016年 01月02日 土曜日

毛利奈知子さんの写真展


この写真は、2015年9月13日 サランガイ オリ〜Agni pariksha 火神の審判〜、
ラーマーヤナ物語より、シーター姫が
炎から生還し、ラーマに受け入れてもらえた喜びのシーンです。
撮影者は毛利奈知子さんです。
奈知子さんには長年、撮影を依頼していましたが、深く話した事はありませんでした。今回、奈知子さんから、写真を展覧会に出品したいとお話しを頂き、もちろん快諾です。
モノクロ普及委員会の主催ということで、作品は全てモノクロ。
でも、最近はデジタルなので、手軽で簡単になった反面、微妙な風合いを表現できないそうです。
奈知子さんは敢えて手間を掛けて、デジタルカメラで撮影しながらも、再度フィルムに写真を焼き付け、暗室にて手作業で焼いたそうです。
そのフィルムは最新の素材らしく、まだ使う人も少なく、マニアの間では注目が集まっているそうです。
そんなに拘りをもって焼いて下さった
8点が出展されています!

「モノクロガーデン」
2016.1.5(火)〜17(日)
Nadar(ナダール)
107-0062 港区南青山3-8-5
M385Bldg #12
TEL03-3405-0436
https://nadar.jp/

写真は自分を表現する一つの方法だそうです。私の踊りと同じです。
でも、写真が目的ではなく、自分を磨くための一つの手段に過ぎないそうです。
奈知子さんはフルタイムの仕事をしながら、趣味は非常に多彩で‥ 私が知っているだけで、長唄三味線、花押、映画の評論、アラビア語、まだあったかな‥そして写真。趣味と言っても半プロです。写真学校を出て、その後は技術ではない部分を教わるために師匠に師事し、展覧会への出展も行って、約10年。
全ての習い事は自分を高めるためであり、それ自体が目的では無いそうです。
話を聞いたのはランチをしながら1時間ちょっとの間でしたが、感心して私もやる気が出ました!



2016年 01月02日 土曜日

2016年明けました!

2014.3.08 宮城県 通大寺にて奉納舞

明けましておめでとうございます!
みなさま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

穏やかな気候に恵まれ、静かな年明けを迎えております。
2015年はテロや自然災害など恐ろしい事が沢山起こりました。自然災害とは言え、元はと言えば人間の仕業によって引き起こされた事ばかり、全ての行いは自らに返ってくるのですね‥これが因果応報。そして輪廻を繰り返し転生すると信じるならば、自らの行いを悔改めなければいけませんね。
一先ず、何事も無く静かな年明けを迎えられた事に感謝感謝感謝いたします。
大好きな演目シヴァ神を讃えた「Bo Shanbo」の中で「来ては去り、また来ては去る‥輪廻の苦しみから私達を解放=解脱して下さい」と懇願するデボーティーのくだりがあります。生きるとはそんなに苦しみを伴うものなのでしょうか‥
一先ず、今日がある事に感謝感謝感謝いたします。
みなさまの一年が何事も無く穏やかな毎日である事をお祈りいたします。
今年も一足一足踏みしめながら踊ります。どうぞよろしくお願いいたします。


今年は東日本大震災から5年目、人々の記憶からは薄れ、多くの支援もこの3月で打ち切りの予定です。冒頭の写真は、
2014年3月に4年目の法要で踊らせて頂いた時のものです。仙台 通大寺の金田諦応住職は通称ガンジー、?カフェ デ モンク“という出張カフェを運営。仮設にお茶やお菓子を届けながら、人々の苦しみに耳を傾けるそうです。
金田諦応住職は、Bo Shanboを大変気にっていらっしゃいました。メロディーも
ですが、、シヴァ神は全てを破壊し、その破壊から全てが再生される〜のくだり。被災地で、全てが破壊される〜と言う言葉は躊躇しましたが、敢えてこの曲を選び、その言葉を使いました。
その分、言葉に負けない様に全身全霊で
踊らせて頂きました。
南三陸町の海蔵寺は被害が大きかった地区で、お寺は遺体の安置所として使われ、その光景は地獄絵図そのもの、肉親の遺体と認識するのにも30分掛かったと
話して下さいました。
もしかすると、今年はまた宮城県の被災地を訪問する機会があるかもしれません。できる事しかできませんが、張り切っていきます!

2015年 03月04日 水曜日

西高校芸術鑑賞会

 3月13日中野ゼロ大ホールで踊ります。
2013年20周年記念ラーマーヤナを観に来て下さった高校の恩師の強い推薦で実現しました。
ぼんやり過ごしていた高校時代を悔やみ、師に詫びを入れてから謹んでお受けしたい気持ちになりました。
1,2年生約700人が観客です。事前の紹介文でドラマティックに踊りを語ってくださいました。
さすが古文の先生です。しかも専攻は源氏物語。この文章を読んだ教員の方々の期待が倍増したそうで、
ますますハードルは上がる一方です。
「劇団四季の公演なら大人になってからいくらでも観られるから・・・」と言って、あえてこのマイナーな舞踊を
選んで下さった師。700人の高校生はこの機会にめぐり合わなければ、一生インド舞踊を目にすることはなかった
かもしれません。普通の高校生だった私が、普通じゃない踊りを踊る未来を、今の高校生に可能性は無限だという
メッセージにしたかったのだと思います。
塚原明弘先生ありがとうございます。

下記は塚原先生の文章です。

書き割りどころか小道具もない舞台の暗闇に、何かが弾け飛んだ。 ステップを踏むごとに、身体が回転するごとに、何かが弾け飛んだ。 空気を切り裂くように見えた。火花が飛ぶように見えた。
「先生!彩子(さいこ)が凄いんだよ!!インド舞踊家になって、 もうお弟子さんのお弟子さんがいるんだよ。芸能人にもお弟子 さんがいるんだよ。何度も観に行ったけど、凄いんだよ」 電話口でまくし立てたのは、私が20代に担任をしたクラスで一 番元気だった女子生徒である。30年ぶりのクラス会の誘いだった。 用件のあと、思い出したように、山元彩子の近況を口にした。バ ラタナティヤムのプロの舞踊家になっているという。私の記憶に 蘇る彩子は、足のやたら速い彩子と、はにかんだ表情の彩子だっ た。舞台に立っている彼女は、想像できなかった。 「今度、高円寺でリサイタルがあるんだよ。先生も時間があったら観に行ってよ」 教えてくれた日程は、都合のつく日だっ た。バラタナティヤムを始めて20周年の記 念ソロリサイタルだった。 演目は、ラーマーヤナ。世界史に出てく るインドの古代叙事詩だ。語りの坪井美香 さんが説明してくれた。ビシュヌ神の権化 として生まれた王子ラーマは妻のシーター 妃を魔王ラーバナに奪われるが、猿軍の助 けで魔軍を破り妃を救出し都に凱旋、王位 につく。そんな英雄神話を舞踊で表現する ものだった。1時間を超える曲。それをひ とりで踊りとおした。 寡黙な高校生が、どんな人生をたどって、 こんなふうに舞台に立っているのだろう。 自分が関わっている生徒に見せたいと思っ た。異文化という特殊性と感動という普遍 性が、眼前に現出する。ことばでは伝えら れないものが伝わると思う。
それは、スポットライトが拾った汗のしずくだった。 暗幕に覆われた暗闇に、汗のしずくが弾け飛んだ。 ステップを踏むごとに、身体が回転するごとに、汗のしずくが弾け飛んだ。 空気を切り裂くように。火花が飛ぶように。

2015年 01月07日 水曜日

2015年明けました!!

2015

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

2015年…2000年になった時バカ騒ぎしていた事を思い出しますが、あれから15年…。

昭和から平成にかわってから27年…

かわった当時の事を何となく覚えていますが、27年間も夢のように過ぎてしまうのですね…。

バラタナティヤムを始めたばかりの頃、やる気と裏腹に出来ない自分がもどかしく、
早く5年も10年も時が経てば良いのに…と思っていました。

あっという間に21年が過ぎてしまいました。

5年経っても、10年経っても、21年経っても満足する事は無いですね。

ここまでやれば満足!という目標が有りそうで無いからでしょうか?

21年経って、5年、10年と違うことは、力いっぱい握りしめなくても、

踊りがここに有るという事でしょうか…。もう行ける所まで踊りと共に

行こう!と諦めですね。

それでも、年月を重ねれば重ねる程、失うものがあるからたちが悪いです。

また1年、年を重ねながら猴戮覘瓩箸いα農欧蕕靴て散颪魘郢箸

猗しくさ瓩鯆謬瓩靴茲Δ反瓦坊茲瓩2015年元旦でした。

江ノ島の弁財天にお参りに行ってきま〜す!何でも良いから神頼み!!
2015年元旦の江の島は粉雪が舞っていました・・・。

 

 


2015年 01月01日 木曜日

2014年締めます
2014年もあと1時間少々で終わります。1月に初ブログを書いて、今日で締めのブログになってしまいました。最初と最後だけ…ザックリし過ぎです。まるで私の性格を現しているようです。
今年は漢字一文字で現すと正に狎悪瓩任靴拭2013年はインド舞踊歴20周年でしたので、覚悟を持って20周年記念公演に臨みました。1時間の演目ラーマーヤナを踊りました。
何とか踊りきれたものの、身体も心もギリギリでした。これではいけないと一念発起で土台から改善する事にしました。
2014年1月は21日間の酵素断食を行いました。野菜と野草から作られた良質な酵素でエネルギーを取りながですので安全ではありますが、さすがに18日を越えた辺りから食べたい欲望で苦しみました。というのも、初ブログで報告した早稲田大学での公演は、正に断食18日目でした。
断食を指導して下さっていたマスターからのお墨付きのGOサインで公演を引き受けました。でも当時、体重は10kg減でした!今は完全に戻っています。公演内容は少し控えめに設定しましたが、問題なく踊れ、しかも頭が冴え渡り、自分の動きも、観ている人びともコントロールしているような気がしました。断食は頭が冴えると言いますが、本当にその通りでした。
21日間は細胞が生まれ変わるサイクルであり、断食日数としては最大だそうです。そして一生に一回で良いそうです。良かった〜2度とやりたくないです。断食前より食い意地は増した気がします。でも食材には拘るようになりました。こんな思いをして廃毒しなければならないのなら、最初から摂らなければ良いと思い、2月からは豆(黒豆、大豆、小豆)と玄米を
中心に食べるようになりました。
これが身体に合うようで、体力が回復しました。
こうなったら何処までもやろうと思い、5月頃から弱酸性健康法、いわゆる体内に酸素を入れるのですが、身体も急激に酸素を入れられて驚くのでしょうか、身体の改善は見られても不安定な体調に苦しみました。
それでも、全ての努力が効果を現し、今ラーマーヤナを踊ったら、20周年記念公演は比ではない程パワフルに踊れると思います!
 
健康お宅ばかりやっていた訳ではなく、公演活動もそこそこ行っておりました。
今年は、東日本大震災から3年の節目の年でした。
ご縁があり宮城県のお寺で供養舞をすることになり、3月8日、宮城県栗原市築館通大寺にて、こちらの金田諦応住職は有名な方で傾聴移動喫茶「カフェデ モンク」を運営しています。仮設住宅などに出向き、お茶やお菓子を振舞い、話しを聞く事で心のケアをされています。そして9日は本当の被災地、南三陸町戸倉の海蔵寺にて供養舞をいたしました。
震災直後、遺体の安置場が足りないため、海蔵寺本堂もブルーシートを引いて、遺体の安置場として使われたそうです。お婆さんは、お世話になっていた市役所の若い人が亡くなった事を、自分が代わってあげたいと嘆いたそうです。踊りを観に来て下さったご遺族の皆様は、「良い供養になりました。明後日、市で行われる合同慰霊祭には行く必要が無くなりました。」と言って下さり嬉しかったです。両寺での公演では、ボーシャンボーを踊りました。私の十八番とも言える曲です。どうしてもこの曲を踊りたかったのですが、駆け引きでもありました。〜シヴァ神は慈悲を持って全てを破壊し、そして再生するのです〜と、本当に全てを破壊された方々に、私が言って良いものかと。それでも、何時でも何処にでも存在し守って下さる慈悲の神だと、一生懸命説明し、一生懸命踊りました。伝わりました。本当に嬉しかったです。町ではまだ200人程の方々が行方不明だそうです。
 
夏はナマステインディア辺りからとても忙しくなりました。
10月18日、恒例のサランガイ オリは、個人の公演活動が忙しいため参加出来ないメンバーが多かったです。
7月には、アイドルだったインド人姉妹ガヤトリ、ヴァイシュナヴィ家族がインドに帰国する事に決まり、決まって2週間ほどで行ってしまいました。…ガヤトリはアランゲトラムをする予定で練習していたのに…。
「私の踊りはどうなるの?」と言ったそうです。大丈夫。インドで良い先生に巡り会って、練習してきた事が無駄にならないように頑張って下さい!
 
サランガイ オリでは、十年間頑張ってきた最年長だった小林淑子さんの
卒業舞台となりました。
そして、カナダで10年の経歴を持つ宮本博さんのデビュー。コンテンポラリー歴20年。男性ダンサーは少ないので期待大ですね。
公演ではラクシュマン師とのデュエット以来、久々の男性とのデュエットをしました。
 
11月3日文化の日は、今年で3年目の福島県南相馬市のあきいちまつりに参加しました。お馴染みの方々とは前夜祭、後夜祭の方が盛り上がっている気がしますが、踊りの方も手は抜きません。インド舞踊がもっと普及してくれる事を望みます。
 
そして今年はメンバーの2人がアランゲトラムを行いました。
井出尚子さん、竹内麻子さんです。
ラスト半年は凄い練習量で、私も脱帽でした。
練習の帰り際に「こんなに一生懸命になるのは久しぶりでしょ?」と
軽い気持ちで聞いたら、2人揃って「こんなに一生懸命になったのは生まれて初めてです」と言いました。
そっか…良かったね。
一生懸命に自分を美しく輝かせる事って普通にできる事ではないんですよね。
私も改めて、自分が恵まれている事に感謝し、益々の努力を惜しまない事を誓いました。
 
駆け足で1年を振り返りました。
もう年も開けてしまいました。
今年はもっと豆を食べて、マメにブログを書きたいと思います!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
 

2014年 03月22日 土曜日

2014年の活動始め


今年も早いもので、四分の一が過ぎようとしています・・・。
皆様、あけましておめでとうございます(汗)本年もよろしくお願い申し上げます。

今年の踊り始めは、今回で3年目となりました早稲田大学での講義内での演舞でした。
1月21日(水)午後2時45分からの「世界の音楽を知ろう」を受け持っていらっしゃる濱崎友絵先生からのご依頼です。
毎年呼んでくださって大変感謝していましたが、残念なことに、この4月から信州大学に赴任されるそうです。
信州にも伺いますよ!!!


calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>

categories

archives

links

profile

search this site.

others


Page Top